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2009.9.2
―新会員スピーチ―
「新聞の文章あれこれ」
(株)日本経済新聞社 京都支社長
包国 信彦君
「君の文章はだめだな。すらすらと読めて面白くない。アタマから最後までスッと流れるんだ」
新聞記者生活もあぶらがのったキャップ時代、尊敬する大先輩からの一言にとまどいました。すらすらと読めるのは当たり前。すらすら読めるように書いているのだから。難しい話も、長い記事も、流れるように読める。そういう文章を目指してきたのです。
「そうじゃない。新聞の文章は、読者が途中でつっかえるぐらいがいいんだ。あれっと思って、もう一度読み返す。それがいい文章」。
この大先輩、市場や企業を長年追い続けている私の尊敬するS氏。記事は確かに読みにくいが、重厚で味があると、ファンの方も多い。
その後、私はデスクになります。デスクは出稿される原稿を直すのが仕事の一つ。下手な原稿は大幅に書き直します。編集委員であるSの原稿も私の机に。初めてデスクという立場でSの原稿をみた時、気づきました。直すところがない。直せない。
文法的に間違ってはいない。読みにくい部分を直そうと、少し手を入れると、一気に全体のバランスが崩れる。どうしようかと読み直していると、読むほどに味わいが増し、説得力が倍加する。
若い頃に読んだ、谷崎潤一郎の「文章読本」を思い出しました。谷崎は、「不親切に書いて、あとは読者の理解力に一任した方が効果がある」と言い、名文とは「何度も繰り返して読めば読むほど滋味の出るもの」とも書いていたからです。
記事は正確で、わかりやすいのが基本。簡潔で読みやすいのも大事です。読み手の心に響くかどうか。これは別次元の話です。
新聞の役割は事実の評価です。無限に起こる事象をニュースとして、記事として、伝える価値があるか評価する。無差別に混在した情報の洪水から読み手が選ぶインターネットと、決定的に異なります。
激しいことばを使わずに、訴える記事がある。裏には、徹底した取材と価値判断の繰り返しがあります。最終的に記事の良し悪しを決めるのは何か。正確なファクトと価値判断、事実に迫る気迫、伝えたい筆者の思いです。Sの記事はその一つです。
記事に限りません。下手な文章かどうかはそう気にしない。より心がけるべきことがあると自戒します。
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