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2009.11.4
「グルノーブルでの一年間」 ロータリー財団学友 福田 裕大君
フランスには9月の半ばに到着しました。はじめは語学研修のため、本来の留学先ではなくフランス中部のトゥールという街に滞在し、フランス語の勉強をしました。この街は小さいながらも古き良き時代の雰囲気を十分に残した非常に素敵な街でした。この素敵な街の少し外れたところで、僕は初めてホームステイというものを経験しました。趣味が合ったことも幸いしてか、夕食の折には、お父さんとは映画とサッカーの話、お母さんとは料理と映画の話、息子さんとはゲームやマンガの話、と話題に困ることなく一ヶ月があっという間に過ぎてしまいました。
ですが、そのような素敵な日々ののちにやってきた本来の留学先グルノーブルでの生活は、当初、なかなか厳しいものでした。それは主に次の二点の理由によります。第一に、大家の問題です。実のところ、フランスに発つ前から顧問ロータリアンのご尽力により、すでにグルノーブルで部屋を見つけていたのですが、ここの大家が一癖も二癖もある人でして、実際に住み始めるのは10月半ばであるにもかかわらず9月頭からの家賃を要求する、契約書はいつまでたっても届かない、あげく契約書を僕が紛失したことにされてしまっていたりと、トラブル続きでした。第二の問題点は、僕が住んでいた地区の問題、いわば治安問題です。ロータリアンのご家族共々僕が居を構えたのは―かつては富裕層が多く居住していたらしいのですが―今日では移民層ばかりが目立つ地区となっています。端的にいって治安は良いとはいえず、親善活動・学業を行う上で、好都合であるとはとてもいえませんでしたので、10月末に家のすぐ前でギャングによる銃撃戦(五人死傷)があったことで決心し、中心街のワンルームマンションに引っ越すことにしました。
引っ越ししてからあとというもの、あの語学研修をしていた頃のような楽しく刺激的な日常が戻ってきました。まず、新居は都心に位置しているので、夜に行われている様々なイベントに出席する機会が以前より飛躍的に多くなりました。新居の近くのカフェ・バーの類いでお酒を一杯、などということを重ねていくうちに、知り合いはどんどん増えていきます。そのうち、そうした仲間が開催するパーティーに、休日の昼間にはピクニックに、と田舎町でも退屈することはほとんどありませんでした。日本文化に関心のあるフランス人との交流ももちました。能や書道といった伝統芸能について質問されたこともあります。幸い、僕の父親は能をしていますので、きちんと説明することができましたが、正直なところ少々冷や汗をかいていました。さらに、時節柄、マンガやアニメの情報を求めてやってくる方もたくさんいますので、日本文化への入り口になってくれればとの思いから、こちらの方面でもあれこれと普及活動を行ってきました。
最後になりましたが、嫌なこと、つらいこともたくさんあったものの、このような機会を与えてくださったロータリー財団に対し、改めて心よりお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
京都ロータリークラブ
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