2010.2.3

―新会員スピーチ―
「私の経験した三つの革命」
国立京都国際会館 館長
会員 天江 喜七郎 君

1.イラン・イスラム革命(1978-79)

1977年春、在イラン日本大使館政務班長として赴任した当時、イランはパーレヴィ皇帝の下で政治的に安定し膨大な石油収入で国民生活も豊かに見えました。それが78年夏ごろから情勢が激変し、79年初めには数百万のデモ隊が街を覆い皇帝は国外亡命を余儀なくされます。軍がデモ隊に発砲して多くの犠牲者が出たのもその頃です。私は大使館に籠城しましたが、夜はあちこちで銃声が聞こえ日本大使館も被弾しました。米国は皇帝とホメイニ側の中に入って事態の収拾を図りましたが、ホメイニは一切の妥協を拒否します。武力闘争がし烈になり、革命ガードの前に皇帝不在のイラン軍は壊滅状態に陥ります。ついに79年2月11日イラン・イスラム共和国の樹立が宣言されました。「大衆パワーの威力の前では国家は脆いものだ」、これがイラン革命で学んだ教訓でした。

2.ロシア・エリツィン革命(1991)

その教訓を再び味わったのは1991年在ソ連日本大使館公使としてモスクワで勤務した時です。ソ連は国家の体をなさずエリツィン指導の大衆デモが政治の方向を決めていきます。1991年12月25日クレムリンにそびえる深紅のソ連国旗が降ろされ、白、赤、青の新生ロシアの三色旗がけんぽんと翻りました。自由と民主主義を志向する新生ロシアが生まれた瞬間でした。しかしその後もモスクワ市内では左右のデモが続きました。92年夏エリツィンは反対派の牙城ロシア最高会議を戦車で砲撃し、超法規的手段で政治的危機を乗り切ります。他方、国営工場の民営化に伴う大量の失業者や旧ソ連軍人の多くが路頭に迷い、ロシア版「失われた10年」が始まります。克服されるには2000年初頭のプーチン政権発足まで待たねばなりませんでした。

3.ウクライナ・オレンジ革命(2004)

「二度あることは三度」のたとえが現実となったのは2004年ウクライナに大使として赴任した時です。ソ連派のヤヌコーヴィチ大統領候補(首相)の選挙違反に抗議する百万人以上のデモ隊がオレンジ色の旗を掲げて首都キエフの中心街を占拠しました。その時軍隊は一切動かなかったため犠牲者は皆無でした。やり直し選挙の結果、民主主義を掲げる欧米派のユーシチェンコ大統領候補が勝利します。この勝利の陰には才色兼備の女性ティモシェンコの存在がありました。オレンジ革命から5年、今度はそのティモシェンコとヤヌコーヴィチが大統領の座をかけて2月7日の決選投票に臨みます。

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