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2010.6.16
「京都の文化遺産の危機管理」
立命館大学教授、理事長顧問
歴史都市防災研究センター長
土岐 憲三 氏
1995年1月の阪神淡路大震災では6千余の人命が失われ、250以上の地点で同時多発火災が発生したが、国宝等の文化遺産は兵庫県の西部に偏っていたため、火災により国宝が焼亡することは無かった。しかしながら、京都は文化遺産の宝庫であり、人口10万人あたりの国宝・重要文化財の数は約100に達しており、これは全国の政令指定都市の平均の約10倍である。この地震に際して、京都は神戸から5~60kmも離れているにもかかわらず、著名な二つの寺院の消防施設が被災して機能を失った。こうした状況で、京都の近傍で大地震がおきて同時火災が発生すれば多大の文化遺産を失ってしまうであろう。
一方、京都は1200年を超える歴史を持ち、これまでに多くの文化遺産を生み出してきたが、それと同時にそれらを超える数の貴重な文化遺産を失っている。多くの人々は、歴史的建造物は創建時のまま現在に到っていると思っているようであるが、事実はそうではなく、例えば清水寺では20回近くも火災に遭っており、他の寺社も似たような状況である。そうした火災の殆どは戦火によるものであるが、特に応仁の乱の前後には現存するよりもはるかに多くの歴史的建造物が焼亡している。そして、明治初年には廃仏毀釈によって多くの寺院が毀損している。
このように、京都は歴史的には二度に亘って、多量の文化遺産をまとまって失うという歴史を持つが、三度目が起きるとすれば地震火災によるものであろう。下の右側の図の黒い部分が明治20年頃の京都盆地の市街化地域を示しているが、人家の在るのは千本通より東のみである。人家の無い所では地震火災が起きても寺社が延焼することはない。しかしながら、現在の京都盆地は全域が市街化されていて、神戸のような同時多発火災が発生すれば、人家からの延焼の結果、どれだけ多くの文化遺産を失うかは想像もつかない。

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