神戸出身で身近に伝統文化に接する機会は殆どありませんでしたが、高校で裏千家茶道部に入ったことから、日本文化への憧れを持ち、大学は京都へ。歌舞伎研究会に入り、南座でアルバイトをしながら、日本舞踊を習い、素人顔見世にも出演させていただきました。大学院は東京へ。深川に住まいして神輿を担ぎ、常磐津節に入門し名取に。能楽や小鼓の稽古もいたしました。伝統芸能のルーツを求めて日本各地の祭を見て歩き、47都道府県を制覇。香道をテーマに博士号を取得しました。伝統文化に関するいくつかの団体を立ち上げ、文化や技術の継承に関する活動をしています。下鴨神社で550年ぶり「糺能」を再興、北野天満宮で千年ぶりに漢詩による「曲水の宴」を再興、取り壊しの危機に遭った江戸時代の学問所「弘道館」を再興するなど、歴史に基づき伝統を現代に生かす取り組みを続けています。
2026年には「寛永行幸四百年祭」を開催いたします。2026年、後水尾天皇が、徳川三代将軍家光の二条城に行幸されて400年の節目を迎えます。大坂の陣からわずか11年後に、全国から8割方の大名が集い、天皇や将軍、公卿ら9千人の豪華な行列を見た人々は、さぞ平和を実感したことでしょう。この日のために2年の歳月をかけて増改築された二条城では、至上最高の豪勢なもてなしの数々が行われました。ここから、市中で数多くの文化と産業が華ひらきます。茶の湯では、千宗旦、小堀遠州、金森宗和が活躍しました。まだ流儀が確立していない時代です。立花を大成した池坊専好、絵師の狩野探幽や俵屋宗達、陶工の野々村仁清、寛永三筆として名高い本阿弥光悦、近衛信尹、松花堂昭乗など、綺羅星のごとくスターが登場します。家光の妹で後水尾天皇の中宮である東福門院和子は、天皇方と幕府方の間をとりもち、京都の文化的な発展において大きな役割を果たしました。寛永文化は、日本文化の故郷と言われます。行列の再現、展覧会、寛永文化祭の開催、デジタル技術を駆使した取り組み等、「寛永行幸四百年祭」を通して、次代への文化継承につなげてまいります。
スピーカープロフィール

濱崎 加奈子 君
公益財団法人有斐斎弘道館 表理事、京都府立大学准教授
兵庫県神戸市のご出身。学生時代は京都で過ごされました。伝統文化・伝統芸能に関心を持たれ、特に歌舞伎は全国巡業や芝居小屋も巡られた時期もおありとのこと。芸能のルーツを求めて各地の祭りを調査し、学生の間に47都道府県を制覇されました。これまで茶道のほかに能楽、日本舞踊、常盤津、小鼓など、幅広く習われ、その中でも常盤津は名取になられました。