例会プログラム

例会報告

「私の先祖は京都で育てられました」

2025年11月26日

スピーカー: 春日大社 宮司 花山院 弘匡(かさんのいん ひろただ) 氏

花山院という名前は、小学生の時は漢字で名前を書くと、おたくは病院?とか、お寺かと聞かれました。春日大社の宮司になったので、今となっては由緒があり、ありがたい名前だと思っています。先祖は京都なので、その話をさせていただきます。

平安時代、藤原道長のひ孫で左大臣 藤原家忠が私の第1代目になります。父の関白 藤原師実が花山上皇の邸宅を所有し、そこを譲り受けました。「藤原家」は60~ 70軒あってどこの藤原かわからないので、だんだん北家藤原氏○○家と名乗るようになり、うちは北家藤原氏花山院家と名乗り、太政大臣に就くこともありました。

この邸宅は今の京都御苑の南側でした。豊臣秀吉の時代になるとバラバラに住んでいた貴族を天皇の周りに集め、その時に区画整理にあいました。江戸時代の御苑の図では大きな九條家の隣にあり小さく見えますが、普通の貴族邸宅の3倍はありました。仲人の九條さんとは平安時代からずっと隣でした。今も下立売御門を入った先に邸内社が残っています。

平清盛の娘が嫁いで来たり、後醍醐天皇の生母が花山院忠子のため、足利尊氏が後醍醐天皇を実家で幽閉させたり、本願寺教如の娘が嫁ぎ、しかも子供は東叡山管領となったり、本能寺の変の2日前に織田信長の茶会にも行っています。先祖が建てた妙光寺には俵屋宗達が風神雷神図屏風を奉納しています。

また徳川の第三代将軍の名は、家康の「家」と二代目秀忠の「忠」をとって「家忠」と決まっていましたが、「花山院家1代目の家忠と同じであるため」遠慮なされ、「家光」と変わりました。

明治からは天皇陛下について東京へ行き侯爵となりましたが、時代の中で色々とあり、京都に居た方が良かったです。

今日は京都で行われた仁孝天皇の即位式を描いた約200年前の絵を持ってきました。讃を右大臣花山院愛徳が書いています。八咫烏(やたがらす)や四神、宣命使(せんみょうし)などが描かれています。 第2650地区の中心は京都ロータリークラブです。(私が所属する)奈良ロータリークラブも常に共にありますので、これからもよろしくお願いします。

スピーカープロフィール

花山院 弘匡氏
春日大社 宮司

佐賀県のお生まれで、奈良でお過ごしの後、國學院大學文学部神道学科をご卒業されました。藤原道長の曾孫、左大臣藤原(花山院)家忠を祖とする花山院家第33代当主で、御祖父様は貴族院議員、御尊父様は第9代 春日大社宮司です。県立奈良高等学校等の県立高校の教員を経て、2008年より第11代 春日大社宮司をお務めです。その他、奈良県神社庁長、帝塚山大学特別客員教授、今日庵評議員等の公職役職をお持ちです。奈良ロータリークラブにご所属で、2019-20年度会長に就かれました。

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